大判例

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松山地方裁判所 平成4年(わ)482号 判決

本籍

愛媛県八幡浜市大字向灘一七一四番地

住居

愛媛県松山市溝辺町甲八一番地

会社役員

泉勲

昭和一二年七月一九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官内井啓介出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年八月及び罰金二三〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

控訴費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自己所有の松山市土居田町七一二番地、七一三番地の一の宅地建物を平成二年二月一九日六五六〇万円で、松山市高岡町二八三番一ほか二筆の土地を平成二年三月二〇日五億六三六七万円で、それぞれ売却譲渡したことに関して右譲渡にかかる所得税を免れようと企て、山田文男と共謀の上、山田において、被告人の平成二年分の実際の、総合課税の総所得金額が一〇四七万四二二八円分離課税の長期譲渡所得が五億六〇八六万五一八五円あったにもかかわらず、譲渡に要した費用を水増し計上する方法により所得を秘匿した上、平成三年三月一五日、松山市本町一丁目三番四号所在の所轄松山税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総合課税の総所得金額が一〇四七万四二二八円、分離課税の長期譲渡所得が一億一〇八六万五一八五円で、これに対する所得税額が二五九六万三一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告を提出し、もって、不正の手段により同年分の正規の所得税額一億三八一四万五五〇〇円との差額一億一二一八万二四〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

( )内の漢数字は、検察官請求証拠番号を示す。

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(二四)

一  第三回及び第四回公判調書中の証人一柳守義の各供述部分

一  第五回ないし第九回公判調書中の証人田和公一の各供述部分

一  第一〇回公判調書中の証人菊池敏則の供述部分

一  野本哲士の検察官に対する供述調書謄本二通(八、九)

一  税額計算書抄本(一)

一  報告書(二)

一  電話聴取書(一九)

一  査察官報告書(二七)

一  「団体等からの申告書」と題する書面写し(三九)

一  押収してある二年分の所得税の確定申告書(提出用)一枚、譲渡所得計算明細書一綴(添付資料二二枚を含む)、念書一枚(平成五年押第五号の符号1ないし3)

(補足)

第一犯意について

一  前提事実

被告人に判示のとおりの所得関係事実があったこと、被告人は一柳守義と田和公一とを介し、判示申告を同和関係団体会長である山田文男に委ね、同人によって本件申告書が判示のとおり提出されたこと、その申告書の作成税理士欄には、「全自同四国連合会産業振興会愛媛県連合会会長山田文男」とのゴム印と「全国自由同和会愛媛県連合会会長印」という角印が押されていて一見して同和団体による申告であることが認識できる体裁になっており、また、分離課税の所得の長期譲渡欄の必要経費は大幅に水増しされた記載となっていること、被告人は同和とは無関係であこと、以上の事実は前掲の証拠により認められ、以下の主張の前提となる。

二  主張

ところで、弁護人は、被告人が一柳や田和に依頼したのは、所得や経費をあくまで正しく申告した上で同和団体の恩典によって正当に節税をすることであり、被告人には納税義務の認識はあったが、不正行為と逋脱の結果との認識がなかったから無罪であると主張し、被告人も同様の供述、すなわち、要旨、まず、同和関係には特別優遇措置があること、そして、同和団体によってその優遇措置の扱いを受けられる者だと認定されれば、合法的に右恩典を受けて節税できるものと信じた旨の弁解をして不正行為についての犯意、共謀を否認している。

確かに、被告人が本件の所得秘匿工作である経費水増しについて具体的に関与したという証拠はなく、また、被告人の公判供述のとおり、本件不正方法の具体的な決定には被告人は何ら関与していないものと認められる。

三  右被告人の弁解自体の評価

1 しかしながら、まず、被告人の信じたという右内容が、もし右優遇措置を受ける者の認定を同和団体が何らの制限もなく自由に行えるというものであるとすれば、それはつまり同和団体の恣意により所得税額を左右しうるという不合理な制度が存在するということを信じたことに帰着するところ、社会人としての通常の判断能力に何ら疑問の余地のない被告人がそのような話を信用したことは、被告人が信じたその理由とし弁解する後記佐伯税理士とのやりとり等を考慮してもおよそ考えられないことであるから、信用できない弁解ということになる。

2 また、仮に、被告人の信じたという右内容が、右優遇措置を受けるについて何らかの要件が定められており、地域等によって画されるべきその資格の認定を同和団体が行うことができるというものであるならば、そこで定められているべき資格要件がそのような優遇措置を受けるにふさわしいものであろうこともまた当然であり、したがって同和関係とは無関係の被告人がその要件に該当する余地のないことは容易に分かることであるから、結局右弁解自体が被告人はその主体性を偽って本来受けることのできない優遇措置を本件申告により受けようとしたということに帰着することとなり、右認識と共犯者によって現実に行われた必要経費水増しの不正行為の事実とは齟齬するものの、故意を阻却するものとは解せられないものとなる。

四  犯意の存在を積極的に裏付ける事情

右三の1の点は、置くとしても、被告人が共犯者となるべき山田により何らかの不正行為が行われる結果所得税を免れることになることを容認していたことは、次の事実によって裏付けられる。

1 一〇〇〇万円減額折衝

被告人は、平成四年四月二〇日に差し押さえられるまで、本件の納税を正規の納税義務額の半額からさらに一〇〇〇万円を差し引いた額とした上で山田の団体に依頼することや、これにまつわるトラブルは田和と一柳とで対処する旨など記載した平成三年二月八日付の念書(田和と一柳とが被告人に宛てたものと、被告人が右両名に宛てたもの)を所持していた。そして、半額からさらに一〇〇〇万円を差し引いた額を本件による被告人の出捐額とすることを被告人が打診し山田がこれに合意しこれに伴い被告人が三〇〇万円を支払うことになった趣旨は、被告人自身も当公判廷における供述において認めるところである。仮に被告人が同和関係ゆえの恩典により納付すべき税額が半額程度になりうると信じていたのだとしても、そしてそこからさらに一〇〇〇万円もの減額を受けることも特例等の適用を正規に最大限受けることによって可能であるものと信じていたのだとしても、それを受けるために三〇〇万円もの謝礼を支払うことが必要であるとまで信じるなどということは、およそ理解しがたい。右事実は、仮に被告人が収入と費用とを適正に申告しても同和団体による恩典により税額が減少しうるのだと考えていたとしても、それと同時に、同和団体による申告であれば税務調査等を受けることはなく、申告納税額をいくらにするのかは、当該団体との交渉次第であるという認識も被告人の内心に併せ存在したことを示すものと言える(なお、被告人は、右念書に自己の署名押印がない点について、割り印をした後、収入と費用とを正確に申告するという肝心の条項がないことに気付いたからであり、右事由を付加しその他は同様の記載の念書を別に作成した旨供述しているが、右以外の念書が存在すると言うのは関係当事者のうち被告人一人であり、また右以外の念書は差し押さえられていない。すなわち被告人の言うもう一通の念書についてはその存在自体認められない。また、検察官は右念書に記載されたトラブル処理の条項の存在を不正行為の容認を示す根拠と指摘するが、田和や一柳の能力を考慮するとき、これが税務調査等を予定したものと断言することははばかられる。)。

2 被告人の出捐の内訳とそれに対する対応

また、被告人は、法定納期限である判示の日に山田によって申告書が提出された後、その日の内に、田和と一柳とから、同和を通じないで申告した場合の申告書控えなどを受領し、また、おそくともこのときには、本件の申告により国庫に納めるのは二五九六万三一〇〇円にすぎず、田和らに対しては三〇〇万円のほかに三三二六万八四五〇円を支払うことになることを認識している。通常の判断能力を有するものにとって、このような支払い内訳は、適法な納税を前提とするものとしては不自然に感じる筈であるのに、この日、これについて田和らとの間に若干のやりとりがあったにしても、被告人は、結局そのまま右各金額の三通の小切手を田和らに交付し、しかもそれをその後も放置していて、例えばただちに佐伯税理士に相談するなど適法でなければ申告しないと考えていた筈の者ならばとってしかるべき処置をしていない。このことは、被告人が当初から何らかの不正行為がなされることを容認していたことを示す。

五  なお、検察官は、被告人の逋脱の犯意を基礎づけうる間接事実として、被告人は、本件申告前に、佐伯税理士に同和団体を通じて申告すれば税金が正規に半分で済むのかどうかを尋ねた際、同税理士から我が国にはそのような税制はない旨教えられていることを指摘し、第二回公判調書中の証人佐伯の供述部分には、同旨の記載がある。これに対して被告人は、当公判廷において、具体的な時期は別としてその際の佐伯税理士の返事は、同和から申告して税務調査等があったという話は知っている限りでは一件もないというものにすぎず違法であるという指摘はなかったと供述し、このことが被告人が同和関係の優遇措置の存在を最終的に信じた理由であるとする。

ところで、右佐伯供述のうち、そのような制度はない、すなわち違法である旨をはっきり被告人に指摘したという点は、平成三年度の申告に際し税金の軽減のために顧客に一柳を紹介しようとした事実に照らして、信用できない。証人高木正幸に対する当裁判所の尋問調書等に、同和団体による申告内容に対しては何らのチェックも行われないという事実の存在が指摘されていることも併せ考えれば、被告人に対する佐伯の返事は、被告人の右供述のとおり税務調査を受けた事案は知らないという趣旨のものに止まったものと認められ、違法であることを明確に指摘したとする趣旨の検察官の主張は採用できない。しかしまた、同時に、同和を通じて申告すれば申告内容にかかわらず税務調査等を受けることがないという趣旨にすぎない右佐伯の説明を受けたから同和団体による本件被告人の行為も是認された適法なことだと信じた旨の被告人の前記供述も、信用できず、右事情は、被告人の犯意の存在を左右しうるものではない。

六  結局、右四に述べたところからして、被告人に共犯者の手による不正行為の容認のあったこと、すなわち犯意と共謀の事実とは推認するに十分であり、不正行為の認識等はなかったというそれ自体でも不自然(前記三の1)若しくは理由のない(前記三の2)被告人の弁解は、採用できない。

第二公訴権濫用について

一  弁護人は、要旨、田和や一柳はもちろん主犯である山田も起訴されていないところ、これらの者の犯責に比しても、またそれ自体として評価しても違法性も責任も極めて軽微な被告人のみが訴追されていること、松山税務署は納税義務者に不利益な訂正を被告人に直接連絡せず山田においてなすことを認めていることからしても、同和団体に本来許されない納税代理を認めた上、同署員は本件団体による本件被告人の申告税額が正規税額を下回っていることを知っていながらこれを是正しようとしていないのであって、いわばおとり捜査に類似する違法があること、右のような税理士法違反及び所得税法違反についての幇助行為と評価すべき態様は、本件に限るわけではなく、国税当局は同和団体による組織的脱税行為を二〇数年にわたり容認し、ただ一定の割合を超えるものだけを告発しているにすぎないことなどを理由として、本件公訴はその訴追裁量を逸脱した平等原則に違反するものであり被告人に対する処罰は不相当であるとして、公訴棄却されるべきである旨主張する。

二  しかしながら、本件は、逋脱率が八割を逋脱額が一億円をそれぞれ超える事犯であって、その違法性は重大である。そして、被告人は、本件の納税義務者があって、本件が摘発されていなければ当然に多額の不法な利益を亨有し得た者であり、その実現のために田和らの勧誘によったとはいえ自らの意思で本件に参画した被告人自身の責任もまた軽微とはとうてい言えない。そうしてみると、そもそも本件公訴の提起は検察官の訴追裁量を逸脱したものとは考えられず、弁護人の主張のうちこれを前提とする部分は採用できない。

そして、右本件の被告人の刑責にかんがみれば、弁護人が指摘するその余の点を考慮しても、許容された証拠により認定できる本件被告人の行為の処罰が不当でありその公訴を棄却すべきとする根拠は見いだせない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、所得税法二三八条一項(罰金刑の寡額は、前記刑法六条、一〇条により軽い行為時法である平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条による。)に該当するところ、所定刑中懲役刑と罰金刑とを選択し、情状により所得税法二三八条二項を適用して罰金を免れた所得税の額に相当する金額以下とし、右所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年八月及び罰金二三〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、前記刑法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により前記刑法二五条一項を適用して懲役刑についてこの裁判の確定した日から三年間その執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させる。

(量刑理由)

本件は、逋脱税額が約一億一二一八万円、逋脱率が約八一パーセントの虚偽過少申告事案である。国庫に与えられた損害額の点でも租税を均衡に負担すべき義務違反の度合いの点でも、被告人の責任は、軽視することはできない。加えて、合法であると思っていた旨の不合理な弁解を主張し続ける態度に反省の情を見いだすことも困難であるのだから、なおさらである。

しかしながら、途中一〇〇〇万円の減額折衝はしたものの、少なくとも当初は本件の形式での申告について被告人の方から積極的に動いたという事ではないし、経費の水増しについても具体的事情は被告人は知らず、現実に行われた逋脱の手段も単純であり、罪証隠滅行為が行われたわけでもない。

そうしてみると、本件刑責に主文の罰金刑と併せて実刑自由刑を科するのが相当と言い切ることもできないので、懲役刑についてはその執行を猶予する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田友宏)

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